複利は投資家の味方か?

 

 

 

マネーリテラシーの講釈を見聞きしているとよく出てくる「複利」の話。

特に初学者に投資の魅力を語る際に、必ずと言って良いほど持ち出されるのですが

「株価は長期的に右肩上がり」とセットで使うと、投資初心者のスケベ心をくすぐるの

に大いに役立つようで、セルサイドからしたら使い勝手が良いのでしょう。

 

結論から言ってしまうと、株価の上昇・下落、いずれに対しても複利は公平に働きかけ

るので、複利の力それ自体は投資家にとって敵でも味方でもないと思います。

複利の恩恵に与るにはマーケットの価格形成が適切に為されている前提が不可欠です。

 

それに付随する話で「実証せん

とする記事があるのですが、掻い摘んで言うと

「投資元本100万円が暴落で50万円(50%減)になったら、100%上昇しないと元に戻

らないから大変」という脅しが大手メディアでも散見されるが、数理的に正しくない。

実際には複利の力が働くので過度に恐れる必要はない。

といった主張をされています。

 

私と違って数字に強いのが売りのようで、極限なんかを持ち出して解説されていますが

もっと単純に中学生レベルの数学で事足りるでしょう。

 

元の株価を100として毎日2%ずつ株価が下落していく場合

100×0.98^34 ≒ 50   

このように、34日でほぼ半値になる。そこから毎日2%ずつ株価が上昇していく場合

50×1.02^35 ≒ 100

以上のように、ほぼ同日数(35日)で株価は元の水準に回復する。

ゆえに、言うほど大変ではない。

 

多分こういうことを言いたいのだと思います。

勿論、毎日同率で株価が変動するなんてことは現実的には有り得ず、計算上の都合で組

まれた計算式に過ぎませんが、当人も「数理的には」と断りをいれているので、その点

は勿論承知の上でしょう。

 

ただ「戻りにくいと言っている奴は複利を理解していない」という文言はどうでしょう。

株価を形成しているのは、数理的な正しさでも複利の力でもありません。

株式市場を動かしているのは実体経済中央銀行等の働き(ファンダメンタル)や市場

参加者の思惑(需給)が殆どであり、複利 単なる「計算上の事実」 に過ぎません。

 

例えば、トレンドラインを下に切ると、今度はそこが上値抵抗となったり、俗に「やれや

れ売り」と呼ばれる戻り売り勢が上値を重くするなどといった売買動向については、ト

レードしている人なら実感していることと思います。

このような需給・テクニカル的な観点から見て、大きく下落した株価が戻りにくいこと

を肯定する一定の理は存在します。

 

また、米国株のチャートを持ち出して「(株価が元に戻るのが大変なら)今まで200年

以上株価が上がってきたのはどう説明するつもりか?」「ほんとに回復が大変なら株が

100年以上上がり続けるわけない」と仰いますが、それが出来てない国が大半だからこ

そ、我々は自国の株式を尻目に挙って米国株を買い漁っているわけで、複利の力云々の

前に米国の営為に刮目すべきでしょう。

 

その米国をもってしても、過去10年、20年と高値を更新出来ない時期が何度かあったこ

とは米国株投資をしている人間なら周知の事実だと思いますが、それが株価回復が困難

であることの証左とは言えないのでしょうか。

 

そもそも株価が回復するには、元の株価を正当化するだけの材料が必要で、単利だろうと

複利だろうと、下落の背景を度外視し、値幅だけ見て戻り難い/易いを語ることに大し

た意味などありません。

 

 

バックミラーを見ながら、10年低迷なんて大したことないと嘯くのは簡単なことですが

底の見えない下落を傷を舐め合いながら暗澹たる気持ちで過ごし、何年も後から投資を

始めた人達に悠々と追い抜かれ、果ては「新NISA参入組*1は、割高な株を安い円で買い漁

っていた貪欲で近視眼的な人達」「令和バブル世代」といったような冷笑を向けられな

がら投資を継続することは想像しているよりずっと苛酷かも知れません。

 

暴落煽りを駆逐しようと躍起になったところで、暴落がなくなるわけではありません。

リスクから目を背けたり、自身の許容度を見誤ったりすることは暴落煽りに劣らず有害

だと思います。

 

S&P500 対数チャート

 

S&P500 円建チャート +移動平均線

 

 

*1:もっと言うと金融緩和ボーナス期以降参入組