負けてなくても負け犬の気分になることもあるよという話

 

 

気休めの対価

S&P500の過去90年分のデータを用いてドルコストと一括の運用益を比較します。

運用期間は20年。

ドルコストの方は毎週買付。

為替・配当・各種手数料は考慮せず。

 

 

ほぼ全期間でドルコストは一括投資より劣っています。

勝っているのは72期間中2期間で、2000-2019年などは、バブルの天井から急落し

リーマンショックで低迷していた期間なので、いかにもドルコスト向きの相場に

思えますが、実情は喧伝されているほどの優位性はありません。

 

1937-1956年についても同様。

 

 

今回の検証期間には含まれませんが、1929年から1956年のように、20年以上に渡り

過去の高値を更新出来ない期間は存在するため、ドルコストは無意味と一蹴すること

は出来ません。

しかし、そういったレアケースのために多くのケースでリターンの過半が犠牲に

なっている事実を見ると、ヘッジの為のコストとは言え、決して安いものとは言えず

「気休め」と謗られるのも已む無しといった印象は拭えません。

 

また、一括・ドルコストいずれを見ても運用期間による利益の差はかなり大きく

ベスト/ワーストの差は10倍を超えます。

 

 

「長期投資はギャンブルではない」などと言ってはみても、20年の運用期間をもって

しても、運の要素は依然として大きい割合を占めます。

20代の人が老後資金の為にするならともかく、30歳以上の人が50歳までにFIREする

といった目標に対しては、インデックス積立20年の運用益平均は140%程度なので

NISA枠を最速で全て使っても十分な資産形成は期待できないと思われます。

 

また、逆に運用が平均以上に上手くいってしまった場合についても、リターンは

平均に回帰する性質上、後に大幅なドローダウンに見舞われる余地が広がる為、安易

な早期リタイアから生活資金枯渇に至るリスクという意味では、こちらの方が危険度

が高いと考えられます。

 

停滞相場に付き合って運用益を低減させる必要はない

足元の株価を見るとまだまだ歴史的にも高値圏に位置します。

 

S&P500の対数チャートと価格変動レンジ

 

過去の検証でもフォーカスしましたが、今、置かれている状況は、冒頭に掲載した

運用益一覧の中でも、特にパフォーマンスの悪い、停滞期に差し掛かりつつある

のではないかという懸念があります。

 

 

該当する期間のチャート

 

 

チャートの形状を見れば分かる通り、そういった停滞期でも、往々にして投資家が

望むような株価の低迷を齎しません。

個別株なら地を這うような、いかにも「低迷」といった価格推移を呈することがまま

ありますが、指数は事情が違います。

昨年からの、さも強気相場に転換するような期待を抱かせては振り落とすような

意地の悪い値動き*1を見てわかる通り、機械的にドルコストで分散しても、いたずら

に高値掴みを強いられ、ヘッジとしての機能も碌に得られないままリターンを半減

させられるわけです。

 

前回の検証にもある通り、短期的な値幅だけ見て定額買付のルールを破ってボーナス

一括買いのような真似をして、ただでさえ低いリターンを更に劣化させるケースも

ありがちです。

 

とは言え、停滞期のどこかで絶好の買い場が来るであろうことも事実なので、それ

まではFOMOに陥らず、「新NISAに速攻で全力」等と言った物言いに唆されず

少なくとも株価が平均に回帰する程度までは待った方が良いと思います。

2月17日現在の株価は、長期平均より40%近く割高です。

 



どの正しさにどの程度賭けるか

インデックス投資に基本的に間違いはないのですが、上で示したようにリターンに

残酷なまでの優劣はあります。

それも踏まえて、「新NISAに速攻で全力」は論理的には正しいと思います。

 

media.rakuten-sec.net

 

いつもながらの怜悧な筆致に感服の至りですが、私は山崎氏の投資アイデアには概ね

異論はありませんが、それを実行しようとは思いません。なぜなら論の前提部分に

同意しかねるからです。

 

その前提とは「ポートフォリオの優劣も含めて、相場の見通しなんて誰にも分かり

得ない」というもので、それ自体は原則的にはその通りです。

株式市場がサイコロの出目のように確率に支配された世界ならば、私も山崎氏の

イデアに賛同します。

しかし、過去の検証記事で示した通り、将来の株価は、現在の株価と平均との乖離に

応じて有意に負の相関を示す、偏りのある世界だと見ているので、「いつ相場に

乗り始めてもいい」といった豪気な投資スタンスに与する気にはなれません。

 

もちろん山崎氏は、インデックスにまつわる事象など凡そご承知でしょうから

この投資アイデアは、一般的投資家のリテラシーに合わせた、現実的で潔い

最大公約数的な「賭け」だと思いますが

大いに自信を持って、新NISAを合理的に活用するといい

と言い切れるほど優れたアイデアだとは思いません。

 

誰が何に自信を持つのでしょうか?

山崎氏自身は、年金基金のようなプロの運用より合理的な投資判断が出来ていること

に優越感を覚えているようですが、山崎氏のアイデアは、飽くまで株価形成に関する

変数を全てノイズと切り捨てた上で、極力コストを掛けずに市場平均に速やかにBet

する方法を示しただけでそれ以上のものではありません。

それはインデックス運用のリターンにいち早く肉薄することを目的化した、閉じた

スコープの中で理に適っているだけで、それ自体がNISAの活用法、ひいては投資アイ

デアとして優れているかとはまた別の話です。

少なくとも「NISAで使える投資商品の中で」「2023年時点で考え得る」という条件内

の話として限定的に捉えるべきかと思います。

 

煩雑さを避け、頭の中をすっきりさせることを主眼に置き、情報を断捨離することを

もって論理的と言い張っていますが、ロジカルよりむしろミニマルを標榜した方が適当

ではないでしょうか。

 

 

私は、無数にある事実にどの程度の期待値を見出して賭けるかが投資だと思っている

ので、現実を見る解像度によって投資戦略が変わるのは当然だと思います。

敢えて解像度を下げて臨むというのも一つのスタンスだとは思います。

 

しかし上述の通り、ちょっと調整が入ったとはいえ、今だ長期平均より40%近く割高な

もの*2を、NISAという割引クーポンがあるからといって買い急ぐことが賢い買い物と言

えるでしょうか。

そんなものに「大いに自信を持って活用するといい」と言い切れる氏は、論考の精緻さ

によらず豪放な人物であるか、或いは自信を持っているのは飽くまで自身の言説の

説得性にであって、投資家の運用成績については、出たとこ勝負でしかないと開き

直っているのかもしれません。

20年の運用益が2~30%だったとしても「賭けですから、確率的にそういうことも起

こり得ます」で理屈は通るわけです。

 

 

 

 

*1:だからこそトレーダブルなのですが

*2:山崎氏が推奨なのは全世界株なのでSP500とは少々違いますが